宮城県の東日本大震災遺構を巡る旅。場所のリストとルート【2019年】

2019年9月末に宮城県の東日本大震災遺構を巡りました。

ずっと行きたいと思っていたのですが、気づけば8年も経っていました・・・。

8年も経てばもう復興もきれいに終わっていて、もしかしたら震災の跡をみることはできないのかなと思いましたが、そんなことはありませんでした。

震災遺構・震災伝承施設として残していく試みは、まだ始まったばかりでした。

2011年3月11日、東日本大震災当時のこと

2011年3月11日に撮影

2011年3月11日当時、私は東京・秋葉原で仕事をしていました。

東京では電車が止まってしまい、近くのファーストフード店で復旧まで時間をつぶしていたところ、どんどん人が増えてしまい、お店も対応に困り閉店となりました。そこから、自宅まで、大勢の人たちとともに歩いて帰りました。

東京はすごく寒くて、新宿でようやく食べることが出来たかつ丼の温かさが忘れられません。上はそのときにガラケーで撮影した写真です。

また、震災の直前に私は体調を崩していて、まもなく実家に戻ってリハビリという生活になりました。時期的に重ねている部分もあり、体調がよくなったら震災遺構は訪れたいと思っていました。

宮城県の東日本大震災遺構、一覧

宮城県の震災遺構一覧

1 震災遺構 仙台市立荒浜小学校
2 震災遺構・旧鈴木英二邸
3 震災遺構 山元町立旧中浜小学校趾
4 野蒜駅
5 東松島市震災復興伝承館
6 震災伝承スペース つなぐ館
7 旧女川交番
8 大川小学校
9 震災遺構ブライダルパレス高野会館
10 南三陸町旧防災対策庁舎
11 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館 (旧気仙沼向洋高校)
12 リアス・アーク美術館

東日本大震災の遺構と、震災を伝える「伝承館」を含める一覧です。

伝承館は遺構に併設されていたりします。リアス・アーク美術館でも、当時の写真や被災物がメッセージと共に展示されています。

青い文字の部分が今回訪れた震災遺構です。

※Googleマップで検索した一覧でほかにも数多くあることを知りました。「震災伝承ネットワーク協議会」によって登録されている施設を下記リンクから見ることが出来ます。

≫ 震災伝承施設(震災伝承ネットワーク協議会)

訪れたルート

日程は1泊2日で、仙台駅付近でレンタカーを借りて、車で向かいました。

マップのアルファベットA~Hが震災遺構を訪れたルート順です。2日目に仙台にもどって、荒浜小学校を訪れました。

1日目 仙台駅→みなとオアシス・マリンゲート塩釜→松島→旧女川交番大川小学校南三陸さんさん商店街(旧防災対策庁舎)→ホテル
2日目 ホテル→気仙沼お魚いちば→リアスアーク美術館旧気仙沼向洋高校・伝承館南三陸さんさん商店街(旧防災対策庁舎)ブライダルパレス高野会館仙台市立荒浜小学校→仙台駅

実は、今回の旅行の目標は気仙沼のリアスアーク美術館でした。

というのも、はじめは震災遺構がこんなにあることを知らなくて、震災の展示があるというリアスアーク美術館を目的にしました。

また、震災遺構巡りですが、もちろん宮城県観光旅行でもありますので、気仙沼港などお土産が買える場所も訪れています。グルメ・お土産情報を別途まとめまています。

仙台~気仙沼のグルメ・お土産情報はこちら

実際に宮城県の震災遺構を巡った様子と詳細ルート

では、2泊3日の宮城県の震災遺構を巡った詳細のルートを書いていきます。

震災遺構を巡る1日目(仙台駅→気仙沼)

9:30ころに東京から新幹線で仙台駅に到着。10:00にレンタカーで仙台を出発しました。塩釜、松島あたりまでは通常の観光という感じです。

石巻から398号線に入り、リアス海岸沿いの道を行きます。

旧女川交番

旧女川交番には16:00ころに到着。

最初に訪れた震災遺構です。一帯を大工事していました。松島あたりでは感じなかった震災の爪痕をまざまざと感じました。

震災遺構は遺すか撤去するかまだ判断がいろいろのようですが、ここは遺すようです。今は工事中なので金網までしか行けません。

≫ 「旧女川交番」を訪れたときの写真と行き方はこちら

大川小学校

398号線を行きます。この道路沿いは工事している箇所がいくつもあり、まだまだ復興途中でした。

16:50ころ大川小学校到着。

おそらく東日本大震災の悲劇としていちばん有名なのではないでしょうか。

校庭に避難していたものの、津波で多くの児童・教員が亡くなりました。

実際に訪れると、遺族の無念さを理解することが出来ます。なぜなら、すぐ裏に山があり、そこに逃げていれば助かっていたことが分かるからです。

校舎を見ると、かなり先進的なモダンな作りの小学校だったことも分かります。

たくさんの花が植えられていました。

見学で来ているグループもいて、当時の様子を説明している解説の方がいました。冊子をもらいました。

歩いているだけで、涙があふれてきました・・・。

大川小学校は震災遺構として残されるようですが、現状では簡易的なロープで立ち入り禁止がされているだけで、そのままのようです。

震災遺構として工事が始まるとしばらく入れなくなるかもしれません。今のうちに見れて良かったと思いました。ぜひ訪れてほしいところです。

≫ 「大川小学校」を訪れたときの写真と行き方はこちら

南三陸さんさん商店街(旧防災対策庁舎に併設)

南三陸さんさん商店街に到着したのは18:00で、もう真っ暗になってしまいました。

旧防災対策庁舎に併設しています。このあたりを公園として残すようです。

すぐ近くにブライダルパレス高野会館もあります。

もう暗くなってしまったので、帰りにまた寄ることにして、ホテルを予約している気仙沼に向かいました。

震災遺構を巡る2日目(気仙沼→仙台駅)

気仙沼で泊まったホテルの駐車場は、工事車両でいっぱいでした。

復興でたくさんの工事関係者がやってきているのかなと思いました。

朝はまず「気仙沼お魚いちば」を訪れたのですが、そこまでの道も工事だらけで、地図の通りには進めなかったです。

東日本大震災から8年後の現状は、実際に訪れて見ないと分からないものでした。

リアスアーク美術館

10:15ころリアスアーク美術館到着。

常設展示で「東日本大震災の記録と津波の災害史」というものをしています。

災害時から復興中の様子を写真で見れるほか、震災の被災物のいくつかも展示されています。

美術館は高台にあるので、津波の被災はなかったようです。リアスアーク美術館から撮影した、気仙沼港でガスタンクが漏れ出して海が燃え上がる様子の写真がありました。

この光景は、2011年の震災直後にテレビ放送された映像だったかと思います。

震災被災物には被災者の声が貼ってあり、読んで行くとほんとうにつらくなります。

電話で話なんかしてないで、すぐに逃げればよかったんだよね・・・

2011年当時はまだスマホではなくてガラケーが主流でしたね。

8年が長いのか短いのか、いろんなことを思い起こさせる展示でした。

約1時間も滞在していました。ぜんぶをちゃんと読んで行くともっと時間が必要です。

こちらもぜひ足を運んでほしいところです。

≫ 「リアスアーク美術館」を訪れたときの写真と行き方はこちら

旧気仙沼向洋高校(気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館 )

11:40に旧気仙沼向洋高校に到着。

ここは伝承館になっていて、きちんと残されている震災遺構です。入ったところに訪れた人たちのメッセージが貼ってあり、見学会で訪れる人もいるようでした。

伝承館で気仙沼の災害の様子のビデオ上映を見て、震災遺構の旧気仙沼向洋高校内を見学できます。

ビデオの内容は当時を思い起こしてショッキングではありますが、かなり配慮がされていると感じました。

ビデオを見終わると、校舎内を歩くことができます。

生徒のノートや、流れ着いた車がそのままあったり。吹きさらしのままの教室があったりと、震災当時のままの様子をできるだけ残そうという努力がされていました。

ここまできちんとしているところはまだ少ないと思います。この他に校舎内まで見学できる遺構には仙台市立荒浜小学校があります。

≫ 「旧気仙沼向洋高校」を訪れたときの写真と行き方はこちら

南三陸さんさん商店街(旧防災対策庁舎に併設)

前日に夜になってしまって見れなかった南三陸さんさん商店街に再び訪れました。

着いたのは14:00ころ。

旧防災対策庁舎に併設していて、そちらは工事中で近くで見ることはできません。

一帯を公園として残すようです。

まだまだそういった最中の場所が多いです。

南三陸さんさん商店街にはミニストップや食事のできるお店や、お土産屋などがあります。

ここでお昼ご飯の海鮮丼を頂きました。

≫ 「南三陸さんさん商店街」を訪れたときの写真と行き方はこちら

ブライダルパレス高野会館

ブライダルパレス高野会館は、南三陸さんさん商店街の川を渡ったはす向かいくらいにあります。

入れるのか分からなかったのですが、直前で看板を見つけて、降りて入れることが分かりました。

大きなトラックとすれ違いました。

ブライダルパレス高野会館は公的ではなく、個人で残している震災遺構のようです。

個人で残すこともやらないと、学校や交番などの公共機関しか震災遺構にならなくなってしまいます。

これも実際に来て見ないことには気づかないことでした。

≫ 「ブライダルパレス高野会館」を訪れたときの写真と行き方はこちら

仙台市立荒浜小学校

仙台市立荒浜小学校に着いたのは17:50ころ。

ここの小学校も中に入って見学ができるとのことですが、16:00までで入れませんでした。

また、北から向かうと海側にあるので地図上は左折することになるのですが、現在はできません。

長い堤防ができているので、右折して堤防の上を超えて行きます。

堤防を越える道は舗装工事中でした。まだ点灯していない信号機がありました。

荒浜小学校には入れませんでしたが、こういう様子からも津波の脅威を感じることができました。

≫ 「仙台市立荒浜小学校」を訪れたときの写真と行き方はこちら

宮城県の東日本大震災遺構 – おわりに

というわけで、今回は2019年9月末に訪れた宮城県の震災遺構を紹介しました。

実際に仙台から気仙沼まで行ってみると、工事中のカ所やトラックも多く、2011年から8年経った今でもまだ復興は終わっていない現実を知りました。

また、震災遺構も今後どうなるか分からないですので、気になっている方は早めに行ってみてください。宮城県の海岸沿いは美味しい海の幸もいただけるのでグルメもおすすめです!

≫ 仙台~気仙沼のグルメ・お土産情報はこちら