ヨルダン旅行記:アンマン3日目。ネボ山から約束の地を見下ろす。モーゼ最後の地。

大学生時代のバックパッカー旅行記です。トルコ→シリア→レバノン→ヨルダン→イスラエル→パレスチナ→エジプトの順に7か国を周っています。


Hiron
こんにちは、元バックパッカーのHiron です。(Twitter / Youtube)

前回はアンマン2日目で一人で観光しました。今回は宿のみなさんとネボ山に行きます。

ヨルダン旅行記:アンマンからネボ山へ

朝食のインスタント麺

8時に起きてロビーに行くと、ネボ山に行く人たちが集まっていた。
僕を含めて3人か4人で行ったと思う。男性3人と、女性1人だったかな?

お腹すいたと言っていたら、インスタント麺をもらってしまった。さっそくキッチンを借りて、ラーメンの要領で作っていると、

「それスパゲティですよ?」

と女性に言われて、確かに袋をよく見るとスパゲティだった。危うくスープにしてしまうところだった・・・汗

ラガダン(バスターミナル)~マダバ

ラガダンまでのバスがなかなか来ないので歩くことにした。
ちょうどラガダンの場所が変わったときで、ガイドブックの場所と違っていた。潰されていた旧ラガダンを過ぎても歩く・・・。

どれほど歩くか分からないので、結局途中で来たバスに乗ることになった。

マダバからセルビス

ラガダンからマダバへ行くバスに乗る。
1時間弱かかったろうか。11時すぎころ到着した。

ここで「セルビスに乗らないか?」としつこく来た。

聞いてみるとネボ山で観光の1時間待っていてくれると言うので、これに乗ることになった。
途中でなぜかお茶休憩があった笑

30分くらいでネボ山に到着。
山というからもっと標高があるかと思っていたけど、高台と言ったところだった。

ヨルダン旅行記:ネボ山

まずモニュメントが目に入った。
神聖さと気持ち悪さという印象を受けてなにかすごいところに来たみたいだと思わせた。とくにそのときは「エヴァンゲリオン」みたいだなと思った・・・。あっちがキリスト教をモチーフとしているから順序が逆なわけだけど・・・。

そもそもネボ山とは?

申命記の最後にいたる章によると、ネボ山は神がイスラエルの民に与えられた約束の地をヘブライ人の預言者モーセに眺望させた場所とされる(申命記32章49節)。そして、モーセはモアブの平野からネボ山、エリコの向かいにあるピスガ (Pisgah) の頂上へと登った(申命記34章1節)。

キリスト教の伝承によれば、モーセは神によってこの山に埋葬されたが、モーセの永眠の地は不明である。

wikipediaより

ネボ山はモーゼが「約束の地」(イスラエル)を見下ろしつつ、辿り着けずに息を引き取った地らしい。ただ、それがネボ山であるかは諸説あるとのこと。

高台で、眺めは良いものの、死海やイスラエルの方はもやで遠くまで見えなかった。
冬なら澄んでいたのかな?ここはずっとあたたかくてこんな景色なのかもしれない。

奴隷だったユダヤ人がエジプトを脱出して、約束の地を見下ろした場所だと知っていればこの光景はとくべつなものだ。
何も知識を持たずに行ってしまい、他の旅行者に「モーゼが亡くなった所らしいですよ」「そうなんですか」程度だったからもったいない。
当時の僕もイスラエルに行けるかというところにいたのだから、もう少し感慨があってもよさそうなものなのだけど・・・。

モザイク画が協会の中にあった。
残っていることことがすごいことらしい。これも歴史に興味を持ったり、敬虔な宗教者が見ればひとしおだろう。
修学旅行の京都・奈良が詰まらなかったりするように、歴史的価値のある場所は若いときにはピンとこない。だいぶ大人になった今、もう一度訪れたい所だ。

ヨルダン旅行記:ネボ山~帰りのセルビス

セルビスは待っているかと思ったら、いなくて、しばらくして別の女性を乗せてやって来た。
なんというか、商売に貪欲だ。

乗り合いになった彼女のために、マダバの畑のようなところに行って降ろした。
彼女はムスリムのヒジャブをしていなかった。このあたりはキリスト教地区らしく、おそらく彼女もそうだったのだろう。

彼女を降ろすためにだいぶ違う道に行ったから、運転手はお詫びのつもりなのか、我々にプラムをくれた。仕事という割り切りがなく、人間らしさを見せてくるのは、日本ではあまり経験できないことだなぁ。

帰りのバスに乗り換え、アンマンのラガダンに戻って来たのは15:00前くらいだった。

ヨルダン旅行記:死海とイスラエルと

ホテルのロビーにまた新しい男女がいた。
2人は別々で来ていて、「死海に行く計画を立てていた」とのこと。
僕も行きたいと思っていたから、明日いっしょに行くことになった。

女性の方は、イスラエルから戻って来た人だった。
僕が行こうか迷っていることを言うと、

「こんな近くに来てるんだから、行かないと!」

ほとんど行くのをやめようという結論に達していたから、グラッと来た。
彼女の勧め方が良かったのは、ジャーナリスト気質の男性陣と違って「観光」と割り切っていたことだった。

そもそも、世界情勢を肌で感じたいみたいなもので来た一人旅ではなかった。
きっかけは、東南アジアに行ったときに、参加した島を巡るツアーの中にイスラエルの女性がいたからだった。
どんな国なんだろうと、なんとなく興味を持った。中東を旅行したと言う男性とも話して、「親日でおすすめだよ」ということでこの旅行を決めたのだった。

きっかけを思い出して、難しいことは考えるのをやめて、行けるなら行くことにしようと決めた。
自分がこんなにも流されやすいとは思っていなかった・・・。

次回は、別のメンバーで死海に行きます!浮き輪なしに浮かぶ死海は子供のころのあこがれでした。

つづく!